食の宝庫・十勝で愛される地酒造りを目指し、2020年、全国で初めて・大学構内にできた日本酒蔵です。碧雲蔵(へきうんぐら)は歴史ある帯広畜産大学の学生寮(碧雲寮)から命名。碧雲蔵杜氏の若山さんにお話を伺っています。
碧雲蔵
-
碧雲蔵のこだわり
碧雲蔵のこだわり 碧雲蔵のこだわりは2つあって、1つはこの蔵ができるまで43年間、十勝には日本酒の酒蔵がなかったので、「地元・十勝の味」へのこだわりです。都会の大消費地だけを見るのではなく、まずは地域のお客様に「おいしい」と言っていただきたいという想いが第一にあります。もう一つはただ地元だけを意識するのではなく、やはり「本物」でなければなりません。よその地域のお客様にも「おいしい」と言っていただきたい。それが、日本酒の一番大事なところの「五臓六腑に浸みわたる世界」です。味だけではなく、身体にお酒を入れたとき、身体が喜ぶ、心が豊かになる、全世界に通用する感覚です。これはビールやワイン、あらゆる発酵食品に備わっている要素で、「発酵の普遍性」と言います。十勝を意識しながらも、その普遍性を獲得することで、世界中のお客様と渡り合えると思っています。
-
碧雲蔵が目指すのは「十勝の味」
碧雲蔵が目指すのは「十勝の味」 2020年の6月に始まって、ここのお酒をどういう風に造っていこうかといろいろ考えました。市場や酒屋さんを調査し、十勝は辛口がよく飲まれる土地柄だとわかりました。しかし「売れるから辛口の酒を造ろう」というのではなく、十勝でお酒をつくるからには、お肉や乳製品、チーズ、お野菜が美味しい地域ですから、そういうのを楽しめて、「これが十勝の味」とみんなに認識される味をつくりたいという思いがありました。具体的には飲み口がやわらかくてバランスがあり、香りはそんなに派手ではないけれど、口に含んでゴクッと飲み込んだときに、後味の余韻が豊かに広がり、気持ちよく感じる。そういうのを技術的に置き換えて、味にするという形で造っています。
-
碧雲蔵の味をつくる、米と水
碧雲蔵の味をつくる、米と水 大切なのは「お米を見極める」ということです。今年のお米はどういう出来栄えか、どういう癖があるか、酒米農家さんのお話を聞いたり、時には現場に出向いて実際の田んぼを見て、見極めます。そのうえで、その年にあった原料処理だったり、造り方に置き換え、最終的に自分たちが目指している味に持っていく、それが僕たちお酒を造るプロの仕事なのです。この蔵は良い水にも恵まれています。ここは日高山脈に降り注いだ水が札内川水系の伏流水となり、地下水系を通っています。蔵の敷地内で井戸を掘って、その水を採っています。この水が発酵にとても適していて旺盛に発酵をします。本来ならばミネラルが豊富な水は「男酒」といって、けっこうキレが良く、キリッとした辛口のお酒になりやすいですが、ここの水はお酒が柔らかく仕上がるという、特徴があります。この水に巡り合ったのはすごくラッキーなことだと思います。
-
オール十勝の地酒「十勝晴れ」の誕生
オール十勝の地酒「十勝晴れ」の誕生 2012年、とかち酒文化再現プロジェクトによって誕生した十勝晴れは、当時原料米は十勝、製造は十勝管外という状況でした。2020年に碧雲蔵ができ、のちの2022年、碧雲蔵で十勝晴れの製造を任せてもらうことになりました。地元の期待も大きく、失敗は許されない状況で本当に緊張しました。ただ、その年の米がすごく素直できれいなお米で、自分たちの思い通りの味になりました。十勝の日本酒製造は100年以上の歴史がありますが、当時北海道に酒米はなかったので、初めて米も人も酒蔵も水もオール十勝のお酒が誕生したのです。それを地元の人たちに飲んでいただける、こういう喜びは酒造りに携わる自分たちでしか味わえない、と噛みしめました。
-
造り手の想いが宿る「お客様の心を揺り動かす味」
造り手の想いが宿る「お客様の心を揺り動かす味」 碧雲蔵の当初は、総杜氏とわたし以外、お酒造りに関わったことのない子たちがほとんどでした。技術的なことだけでなく、お酒に対する見識や「もの」の見方にやっぱり差があります。でも、そういう環境でもみんなが合わせられることが一つだけあって、それが「1日10秒でいいからお客さんが笑ってたり、楽しんでいる姿を想像して仕事する」ということです。マニュアルがあれば美味しいお酒はできるんですが、気持ちが入ってくると、言語も考え方も違うけど美味しいねって、目を見合わせしてしまうような、そういう美味しさを超える何かが加わるのです。造り手の想いが日本酒となって、飲む人の身体に心地よく入っていく、私はそう確信しています。
-
お酒の物語を知って飲むこと
お酒の物語を知って飲むこと お客様から同じお酒を買ったのに酒屋さんによって味が違うって言われたことがあって。よくよくお話を聞くとA酒屋さんは普通に販売していたんですけど、Bの酒屋さんは買っていただくときに蔵や人、製造に関するお話をお客様にしてくださっていて。それでお客様が味が違うって言っていることが分かったのです。それは何なのかっていうと、酒屋さんが物語を伝えてくれて、お客様の心を揺らすことで、最終的にそれがさらに美味しい味に変換される、ということだと思っています。
-
日本で唯一の、大学構内の酒蔵としての地域・観光との関わり
日本で唯一の、大学構内の酒蔵としての地域・観光との関わり ここは日本で唯一、大学の構内にある酒蔵で、今まで考えられなかったことが起きています。例えば菌の研究をされている先生が歩いてこの蔵に通われたり、学長先生がショップに連れてきた大学のお客さんにお酒を勧めてくれたり、学生さんたちがこの中に入って授業の一環で一緒にお酒造りを学んだり、また酒蔵の社員が大学で学んで論文を書いたりと、大学との関係性がとても密接かつ良好です。 観光については、この酒蔵に見学に来てお話を聞いていただいて、夜には飲み屋さんで十勝のお肉やチーズ、お野菜と一緒に飲んで食べていただいたら、それが味わいになって、また広がっていく。日本酒を造る立場からいうと、ただ単に観光地じゃなくて、産業と観光が結びつくような、そういう繋がりで観光と地域、外部の方が繋がっていけばいいなと思います。
上川大雪酒造株式会社 碧雲蔵 杜氏 若山健一郎さん